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名古屋地方裁判所 昭和43年(ワ)1463号 判決 1969年8月08日

原告 郭黎淑

右法定代理人母 郭汪蘭

右訴訟代理人弁護士 奥村仁三

被告 安井建設株式会社

右代表者代表取締役 安井浩

<ほか一名>

右被告ら訴訟代理人弁護士 岩瀬三郎

同 青木俊二

同 伊藤宏行

主文

一、被告安進は原告に対し四四万円および内金四〇万円に対し昭和四三年五月二四日から、内金四万円に対し本判決確定の日から、それぞれ完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告の被告安進に対するその余の請求および被告安井建設株式会社に対する請求を棄却する。

三、訴訟費用は原告と被告安進との間に生じたものはこれを一〇分し、その一を同被告、その余を原告の各負担とし、原告と被告安井建設株式会社との間に生じたものはこれを原告の負担とする。

四、本判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

(原告)

被告らは原告に対し、各自金五三〇万円およびこれに対する昭和四三年五月二四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言。

(被告ら)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

≪以下事実省略≫

理由

一、原告主張の日時、場所において被告会社従業員の被告安進が被告会社所有の加害車を運転中本件事故を起したこと、その結果原告が原告主張の傷害を負ったことは当事者間に争いがない。

二、本件事故発生に至る経緯ならびに事故の状況

≪証拠省略≫によると、

(一)  被告安は代表者が安井浩(被告安の父)で建設請負を業とする被告会社(従業員六、七〇名)の工務係として測量関係の業務に従事していたこと。

(二)  本件事故の前日は土曜日で折から名古屋祭りのため午後から被告会社は休みで、被告安は、同日夜から事故当日の午前五時頃まで名古屋市内で深夜映画を見た後、約一時間程仮眠しただけで同日午後五時過ぎ頃までドライブ等に時を過した後市内の音楽喫茶店に入り、そこでたまたま原告およびその連れの女性一人と知り合い互いに名前や住所も明かさぬまま遊ぶことになって右両名を加害車に同乗させ、同被告の男の一友人も誘い、右四名で同日午後六時頃から午後八時過ぎ頃までの間、市内の呑み屋三軒ほど回って銘々ビール・洋酒等を飲んだうえ、更に同被告の運転で京都へドライブに行くことに話しがまとまったが、被告安はもともと酒に強く、当時余り酔っておらず、また酔ったようにも見えなかったが、原告と他の二名はかなり酔っていたこと。

(三)  被告安は加害車を運転して名岐バイパスを通って一宮インターチェンジから名神高速道路に進入し、時速約九〇キロメートルから、時には一五〇キロメートル位の高速で西進し、途中彦根インターチェンジ先の駐車場で数分間休憩しただけで走り続けたが、栗東インターチェンジの手前辺りから、前夜来の睡眠不足にくわえ、疲労、酒酔のため本件事故現場附近を走行中に仮眠状態に陥りついに先行のトラックに気づかずこれに追突したこと。

(四)  被告安はいわゆる酒気帯びまたは酒酔い運転としては処罰も取調べも受けなかったこと。

(五)  一方、原告ら同乗者三名は、乗車後間もなく眠ってしまい、事故発生の事実さえ知らなかったこと。

の各事実が認められ前掲証拠中右認定に反する部分は信用できず、他にこれを左右する証拠はない。

三、被告らの責任および原告の過失

(一)  被告安の責任

前示事故発生時の状況に照らすと本件事故が被告安の過失により発生したことは明らかであるところ、被告は原告が好意同乗者であることを理由に原告安の責任を免れるべき事由を種々主張するので検討する。

運転者の好意により自動車に同乗した者がその自動車の事故によって損害を蒙った場合、その者の運転者に対する賠償請求は、同乗者自身において事故発生の危険性が極めて高いような状況を現出させたり、あるいはそのような客観的事情が存することを知りながらあえて同乗した場合とか、事故が発生しても賠償請求をしない旨の明示の特約があった場合(もっともこのような特約の有効性にも限界がある)等具体的な事案について、運転者に責任を負わせることが公平の観念に反する場合に限って否定されるものと解すべきである。そして睡眠不足・疲労・飲酒による運転は一般に事故発生の危険が極めて高く、法の強く戒めるところであるが、かかる運転の車に同乗する者がそれによる事故発生の危険を承知していたというためには、運転開始時、および運転中における具体的事情を検討したうえで判断されなければならない。

これを本件についてみるに、本件事故の状況等は前認定のとおりであって、原告は被告安の飲酒運転をもとより知っていたが右運転はいわゆる酒酔い運転ではなくまた全証拠によるも原告が被告安の睡眠不足・疲労等を知っていたことは認められないから原告の加害者への同乗をもって事故発生の危険を承知したとまではいえない。

次に前示の事実によると本件事故当時の加害車の運行は原告自身のためにも利益になっていたものといえるが、この一事をもって民法七〇九条に基く不法行為責任を否定する理由とはなりえない。

その他被告安の責任を否定するを相当と解すべき理由を見出しえないから、この点に関する主張は理由がない。

したがって同被告は、民法七〇九条により、原告が蒙った後記損害を賠償すべき義務があるものといわねばならない。

(二)  原告の過失

しかしながら前認定のとおり原告が自ら被告安とともに飲酒しながら、本件事故発生の一原因となった同被告の遠距離にわたる深夜の飲酒運転を阻止することなく、これに同乗し、自らは安閑として乗車後間もなく眠ってしまう如き一連の行動は事故発生の危険を承知したとまではいえないまでも、その危険を高めたものとして損害額の算定について重視されなければならない。

(三)  被告会社の責任

自賠法三条により賠償責任を負うべき者は自己のために自動車を運行の用に供する者であるが、それは当該自動車の運行支配と運行による利益の帰属者であることを意味し、そのような支配・利益の帰属者であるか否かは事故発生時の具体的運行を基準として定めるべきものである。そして被害者が同乗者である場合にはそれが通行人その他加害自動車の外部の一般人である場合と異なり、当該自動車の供用目的・使用・管理状況等の客観的事情に重点をおいて安易に運行供用者責任を認めることは妥当でなく、被害者と運転者または使用権者との人的関係、被害者が同乗するに至った経緯およびそれによって得た利益、当該運行の具体的な目的、被害者の運転者に対する運行支配の可能性等広範な私的事情を参酌して決定されねばならないものと解すべきである。

これを本件についてみるに、加害車が被告会社の所有に属することは当事者間に争いがないところ、前認定の被告会社の業務内容、被告安と原告らとの関係、原告らが同乗するに至った経緯、事故発生時の運行目的に照らすと原告の加害車への同乗が被告安との私的関係に基づくものであり、かつ原告は京都へのドライブが被告会社の業務と全く関係ないことを知っていたことは明らかであるから、原告が被告会社を運行供用者として問責することは許されないものといわねばならない。

したがって原告の被告会社にする本訴請求は理由がない。

四、損害

(一)  慰藉料 四〇万円

≪証拠省略≫によると次のような事実が認められる。

原告は本件事故当時一七才になる未婚の女性であったが、事故により頭部外傷、顔面・頸部・右肩挫創等の損害を受け、事故当日から同月二一日まで大津市民病院へ、同日から一一月一六日まで吉田外科病院へそれぞれ入院して治療を受け(計三三日間)、その翌日から昭和四三年二月二六日まで右吉田外科病院へ通院(実治療日数二五日間)して治療を受けた。そして同年八月二日中部労災病院において、左口角部近く下唇部に二センチメートル、右側頸部に三センチメートル×三センチメートル、頭部(有髪部)に六センチメートル(線状)の各瘢痕、左胞鎖乳頭筋に圧痛の後遺症があり、労災補償身体傷害等級の一二級に該当するものと判断され、現在に至るも右の後遺症の他頭痛、頭重感等の主訴症状がある。

右のように認められ、右認定を左右する証拠はない。

右認定の事実および前段まで認定した事実(特に原告の過失)ならびに本件弁論にあらわれた諸般の事情を斟酌すると原告の慰藉料は四〇万円が相当である。

(二)  弁護士費用 四万円

原告が本件訴の提起を原告訴訟代理人に依頼したことは当裁判所に顕著であり、本件事故の態様、本訴請求の難易、審理の経過、認容額等に照らすと右の訴訟委任はやむをえなかったものと認められ、弁護士費用として原告が被告安に請求しうべき金額は四万円とするのが相当である。

五、結論

以上認定説示のとおり、原告の本訴請求は被告安に対し前項の損害額の合計四四万円と内金四〇万円につき履行期の後である昭和四三年五月二四日から、内金四万円(弁護士費用)につきその支払義務が発生する本判決確定の日から、それぞれ完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲内で理由があるからこれを認容し、同被告に対するその余の請求および被告会社に対する請求は何れも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用し、よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西川力一 裁判官 高橋一之 村田長生)

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